都島区の名所・旧跡

小春・治兵衛の比翼塚(ひよくづか)と鯉塚(こいづか)

都島区中野町2−1 大長寺境内

享保5(1720)年10月14日、天満の紙屋の主人治兵衛と曽根崎新地の遊女小春が大長寺で心中しました。

近松門左衛門がさっそくこれを浄瑠璃にしたてたのが名作「心中天網島(てんのあみじま)」で、人々が2人をあわれんで建てたのがこの比翼塚です。大長寺は、もと網島(現在の藤田美術館敷地内)にありましたが、明治42年現在の場所に移転し、それとともに塚も移されました。

比翼塚のとなりには鯉塚があります。寛文8年(1668)淀川で捕らえられた巴の紋のついた大きな鯉が、見世物にされた後に死んだところ、大長寺の住職の夢枕に、大坂夏の陣で討ち死にし成仏できない武士が現れたことから、「滝登鯉山居士」の法名を与えねんごろに弔ったものと伝えられています。

小春・治兵衛の比翼塚と鯉塚